東京地方裁判所 昭和57年(ワ)14688号 判決 1986年1月30日
原告
株式会社山手商事
右代表者代表取締役
汪近明
右訴訟代理人弁護士
石黒竹男
被告
株式会社大野宗太郎商店
右代表者代表取締役
大野謙之助
右訴訟代理人弁護士
川端楠人
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物部分を明け渡せ。
二 原告の被告に対する昭和五七年一二月一七日から昭和六〇年一一月二二日まで一か月三四〇万円の割合による金員の支払を求める請求を棄却し、原告の被告に対する同月二三日から右一の明渡済みまで一か月三四〇万円の割合による金員の支払を求める訴えを却下する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、原告が一〇〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文一同旨
2 被告は、原告に対し、昭和五七年一二月一七日から右明渡済みまで一か月三四〇万円の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五二年九月一日被告に対し、原告所有の別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)及びそこに存する立体駐車場設備一式を、次の約定で賃貸する旨の契約(以下「本件賃貸借」という。)を結び、右賃借物件を引き渡した。
(一) 賃貸期間は、昭和五二年九月一日から昭和五三年八月三一日までの一年間とする。
(二) 賃料は、一か月三〇〇万円とし、被告は原告に対し毎月末日までに翌月分を支払う。
(三) 被告は、本件賃借物件を、自動車駐車場として使用し、その責任と判断において駐車場経営をする。
(四) 本契約が終了したときは、被告は原告に対し、直ちに本件賃借物件を返還する。
2 右契約は、原告と被告との合意により、次のとおり三回更新され、昭和五七年八月三一日の終了をもつて、その期間が満了した。
(一) 昭和五三年九月一日から昭和五四年八月三一日までの一年間、賃料一か月三二〇万円
(二) 昭和五四年九月一日から昭和五五年八月三一日までの一年間、賃料一か月三三〇万円
(三) 昭和五五年九月一日から昭和五七年八月三一日までの二年間、賃料、最初の一年間は一か月三三五万円、後の一年間は一か月三四〇万円
3 本件賃貸借は借家法にいう建物の賃貸借ではない。
(一) 本件賃貸借は、本件建物部分内に組み込まれた立体駐車場設備一式の賃貸借であつて、建物自体の賃貸借とは異なるものである。右設備の特殊性から、本件建物部分を附随して利用することになるが故に、本件建物部分も、本件賃貸借の賃貸物件としたが(右1参照)、そのことによつて、本件賃貸借が建物賃貸借となるわけではない。
(二) したがつて、本件賃貸借には借家法の適用はなく、右2の(三)の期間満了により終了した。
4 仮に、右3が認められないとしても、本件賃貸借は借家法八条にいう一時使用のための賃貸借である。
(一) 本件賃貸借はその契約書上明確に一時賃貸借とされ、その期間も一年間とされている。
(二) 本件建物部分は、地上一〇階地下二階建の通称ワールド宇田川ビル(別紙物件目録記載の一棟の建物の表示参照)の一部であり、同ビルの大部分を占める別紙物件目録記載の専有部分全部(以下「本件ビル」という。)はもと被告の所有であつた。そして、被告は、本件建物部分に組み込まれた立体駐車場設備一式をもつて駐車場(以下「本件駐車場」という。)としたうえ、これを経営し、附近の渋谷区道玄坂に所在する被告所有のビルに組み込まれた別の駐車場と一体的な利用をしていた。ところが、被告は、昭和五二年に本件ビルを売却することになり、同年八月二六日原告に対し、訴外伊藤忠商事株式会社の仲介で、本件ビルを代金約二二億円で売り渡した。
(三) ところで、被告は、右売買契約日になつて、急に、原告に対し、本件駐車場を暫時使用させて欲しい旨の申出をするに至つた。原告は、高額の売買であり、本件ビル内の駐車場が第三者の管理下に置かれるのは困る、として右申出を拒否したが、仲介者である右訴外会社の斡旋によつて、原告と被告とは妥協し、本件駐車場に関し、一時使用の賃貸借を結んだものであり、これが本件賃貸借である。したがつて、本件賃貸借は被告のこれまでの本件駐車場の利用を直ちに中止することによる不便、混乱を一時的に避けるためのもので期間は一年間とし、更新はできるが、期間満了時に、原告が返還を求めたときは、被告は直ちに明け渡す旨合意されていた。
(四) したがつて、本件賃貸借には借家法の適用はなく(借家法八条)、その期間満了により終了した。
5 仮に、右4も認められないとしても原告には、本件賃借物件を自己使用する必要がある。
(一) 本件駐車場は、もともと本件ビルの賃借人ら(本件ビルは全館賃貸ビルである。)のための駐車場であるべきものであるが、被告は、これを自己の他の駐車場と一体的に利用しているため、本件ビルの賃借人らが充分に利用することができない状況にあり、その旨の苦情も出ている。そこで、原告は、本件駐車場を自己の管理下に置き、本件ビルの賃借人らに利用させる必要がある。
(二) 本件賃貸借の成立の事情(右4の(三))に照らし、被告は、保証金等の負担もしておらず、もつぱら、原告の負担と犠牲において被告は本件駐車場を使用しているのであり、その継続を許すことは妥当性を欠く。
(三) 原告は、昭和五七年一一月八日到達の書面で、被告に対し、本件賃貸借を解約する旨の意思表示をした。
(四) したがつて、本件賃貸借は、解約期間の満了により終了している。
6 よつて、原告は、被告に対し、本件賃貸借の終了により本件建物部分の明渡しを求めるとともに、本件訴状送達の翌日である昭和五七年一二月一七日から右明渡済みまで一か月三四〇万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因1、2の事実は認める。
2(一) 同3は争う。
(二) 本件賃貸借は借家法にいう建物の賃貸借である。
(1) 本件賃貸借の賃借物件である本件建物部分は、一階から一〇階に及ぶ立体駐車場車庫の部分と一階の車路、管理室等の部分とから成つているが、いずれも本件ビルのそれ以外の部分と障壁・周壁等によつて明確に区画され、独占的排他的支配が可能な構造規模を有する。
(2) 本件賃貸借は、立体式屋内駐車場を経営するための営業用建物の賃貸借と解すべきものであり、駐車場設備一式(機械を中心とする。)の賃貸借はこれに附随するものというべきである。経済的にも、本件建物部分の空間の方が右設備一式よりもはるかにコストが高いのである。
(3) このことは、本件賃貸借において、駐車場設備たる機械の性能、品質の変更が、原告の承諾を得れば被告においてもすることができるとされていること及び右機械の滅失、毀損による機能停止が本件賃貸借の終了事由とされていないことや契約書上は原告の負担とされている電気、水道、ガス等の経費を被告が負担していることにも表われている。
3(一) 請求原因4の(一)、(二)の事実は認め、同(三)、(四)は争う。
(二) 本件賃貸借は一時使用のための賃貸借ではない。
(1) 被告は、本件駐車場を被告所有の渋谷区道玄坂の別の駐車場と相互補完的、総合的に一体として運用し経営してきた。
(2) そこで、本件ビルを原告に売り渡すに当たつても本件駐車場を被告が賃借することで話を進めていた。ところで、本件ビルの売買契約の前日になり、被告の代表者が原告の代表者に対し、本件駐車場につき明確な権利設定(区分所有権を設定し、被告に所有権を残すことなど)がなければ本件ビルを売却しない旨言明したため、売買交渉は紛糾した。
(3) この紛糾も、仲介人たる訴外伊藤忠商事株式会社の奔走により、原告が本件駐車場を被告に一応一年間賃貸する、その後の更新については、原告と被告との協議によるということで妥協した。
(4) 被告が本件駐車場の継続使用が認められなければ本件ビルの売却をしないとまで言明し、それにより売買交渉が紛糾した右事情に照らせば、本件賃貸借が真に一時使用のための賃貸借であるとすることは合理性を欠く。このことは、本件賃貸借が逐次更新され、昭和五五年九月一日からは、期間が通常のビルの賃貸借の期間と同一の二年間に延長されていることからも、窺い知ることができる。
(5) 以上に述べたところに右2の(二)で述べたところを合わせると、本件賃貸借には、借家法の適用があり昭和五七年八月三一日の終了による期間満了にかかわらず、同法二条の規定により法定更新されたものということができる。
4(一) 請求原因5の(三)の事実は認めるが、その余は争う。
(二) 原告の自己使用の必要は認められない。
(1) 本件駐車場は、建築当初から現在と同じ利用方法がとられており、もともと本件ビルの賃借人らのために設置されたものであるというわけではない。
(2) しかも、被告は、これまで本件ビルの賃借人らが本件駐車場を充分に利用できないなどといつた苦情を直接にも間接にも聞いたことがない。
(3) また、本件賃貸借において、被告が保証金ないし権利金を差し入れていないことは事実であるが、保証金等は毎月の賃料額と関係があり、被告の負担する賃料は決して低廉とはいえず、むしろ高額であるし、電気、ガス、水道の経費も負担してきている。それゆえ、保証金等の差し入れがないから、原告に犠牲を強いるもので妥当性を欠く、とはいえない。
5 請求原因6は争う。
三 抗弁
1 仮に、本件賃貸借が一時使用のための賃貸借であるとしても、通常の賃貸借に転換している。
(一) 昭和五五年九月一日本件賃貸借を更新するに当たり原告と被告との間で、それまで期間が一年間であつたのを、通常のビルの賃貸借の期間である二年間に変更し、一時使用の賃貸借を通常の賃貸借に転換する旨合意したものである。
(二) 仮に、右(一)の明示の転換合意が認められないとしても、昭和五五年九月一日に期間を二年間としたことにより、原告と被告との間に通常の賃貸借に転換する旨の黙示の合意があつたものと解すべきである。
(三) したがつて、本件賃貸借は通常の建物賃貸借であり昭和五七年八月三一日の終了による期間満了にかかわらず、法定更新されている。
2 仮に、本件賃貸借に借家法の適用がないとしても、本件賃貸借は昭和五七年九月一日から合意により更新されている。
(一) 昭和五七年六月中旬頃、原告と被告との合意により同年九月一日から二年間の期間で更新された。ただ、賃料増額の幅について、双方が合意に達しなかつただけである(原告は、一か月三七〇万円を主張し、被告は一か月三四五万円を主張した。)。
(二) 仮に、右(一)の明示の更新合意が認められないとしても、黙示の合意による更新がされている。
(1) 原告と被告とは、昭和五七年六月頃、本件賃貸借の更新につき協議を始め、同月中旬頃には、向う二年間の期間で更新することに異議はなくなり、それ以後は更新を前提にもつぱら賃料増額の幅につき協議を続けたが、その合意に至らなかつた。
(2) ところで、原告は、昭和五七年八月二〇日被告に対し、翌九月分の賃料として三四〇万円を請求し、被告は、これに応じて振込送金の方法によりこれを支払つた。右支払の事実に、右(1)の原告と被告との協議の事実を照らし合せると、本件賃貸借は同年六月中旬頃から同年八月末日までの間に、黙示の合意による更新がされたと解すべきである。
3 仮に、以上が全て認められないとしても、本件建物部分の明渡請求は権利の濫用である。
(一) 原告と被告との更新協議において、賃料増額の幅について合意に達しなかつたが(右2の(一)、(二)の(1))、それは、原告が従前一か月三四〇万円であつたものを一挙に一か月三七〇万円にすることを求め、しかも、これを譲らなかつた頑な態度によるものであり、被告は、一か月三四五万円までならば認めるとの態度を示したのである。かかる原告の態度は、一方的であつて正当な権利行使とはいい難い。
(二) また、本件賃貸借では、契約書上は、電気、水道、ガス等の経費は原告の負担とされているのに、被告は当初から原告から請求されるままにこれを負担し続けていた。このように、原告は、いわば不当利得をしているのに、原告の要求する賃料増額の幅を被告がそのまま承諾しない故をもつて本件建物部分の明渡しを求めるのは理不尽というべきである。
(三) 被告は、本件駐車場がその経営にとつて必要不可欠であり、しかもそれに対し相応の投資をしてきているのであつて、これを明け渡すことによる損害は莫大である。これに対し、原告は、損害を受けるといつてもその要求する賃料増額が全部満たされないことによるものに過ぎない。
4 賃料相当損害金の請求については、請求額を原告に対し支払済みである。すなわち、原告は、毎月二〇日に被告に対し、翌月分の賃料相当損害金として一か月三四〇万円の請求をしているが、これに対し、被告は、毎月末日までに原告に対し、翌月分の賃料として一か月三四〇万円に五万円を加算した金員を振込送金の方法により支払い、原告はこれを受領している。
四 抗弁に対する答弁
1 抗弁1の事実は否認する。
2 同2の事実は否認する。原告は、昭和五七年五月末頃から被告に対し、同年八月三一日に期間が満了するので明け渡して貰いたい旨申し出て折衝を始めた。その過程において、賃料増額の話が出たこともあつたが、結局は何らの合意にも達しなかつたものである。なお、期間満了後被告から支払われる金員は、賃料相当損害金として受領している。
3 抗弁3は争う。被告は、明渡しによる損害が大きいというが、本件賃貸借は、もともと一時的、暫定的なものであり、しかも、本件駐車場が被告にとつて不可欠とは解し難い。
4 抗弁4について、原告が、期間満了後、毎月振込送金の方法により被告から一か月三四〇万円の支払いを受け、これを賃料相当損害金として受領していることは認める。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1(本件賃貸借の成立)及び2(その更新)の事実は当事者間に争いがない。
二本件賃貸借が借家法にいう建物の賃貸借に当たるか、否かについて検討する。
1 本件建物部分がそこに存する立体駐車場設備一式と共に本件賃貸借の賃借物件とされていることは、右一のとおり当事者間に争いがなく、右の賃借物件が全体として駐車場を構成するもの(これを本件駐車場と称している。)であることは当事者間に争いがないものと認められる。
2 <証拠>に弁論の全趣旨を合せ考えると、次の事実が認められる。
(一) 本件建物部分は、本件ビルの一部であり、その一階から一〇階までに相当する高さ約三一メートル、床面積八五・九二平方メートルの立体駐車場車庫すなわちハイ・ガレージと称される部分とその一階の床面積二三六・五三平方メートルの駐車場管理室及び駐車場用車路の部分から成つており、永続性のある材質により屋蓋、周壁を有すると共に、本件ビルのそれ以外の部分と区画され、独占的排他的支配が可能である。
(二) 右のハイ・ガレージの部分に垂直循環式立体駐車(場)設備機械二基(一基三〇台分計六〇台分)が設置され、一階のハイ・ガレージ入口部分にその運転盤、右入口の直前にターン・テーブル(方向転換装置)、その付近に消火設備等が備えられ、立体駐車場設備一式を成している。
(三) 右(二)の立体駐車場設備一式は右(一)の本件建物部分に組み込まれ、両者が一体となつて全体として本件駐車場を構成しているものということができるが、更に、詳細にこれを見ると、次のとおりである。すなわち、本件建物部分のうち、ハイ・ガレージの部分は、自動車を保管する車庫部分であるが、自動車の保管のためには、もつぱらそこに設置された垂直循環式立体駐車(場)設備機械が用いられ、その建物部分は右機械を覆い、それを屋内に収容する点に効用を有するのみで、右設備機械を離れて独自の価値を有するものではないし、また、駐車場管理室及び駐車場用車路の部分も、ハイ・ガレージの部分の車庫としての使用に必要な管理担当者の事務室の部分及びハイ・ガレージの部分と外部とを結ぶ自動車の通路の部分であつて、ハイ・ガレージの部分を離れて独立の効用を有するものではない。そして、本件賃借物件の用途は、原告と被告との合意からも、右物件の構成等からも、立体駐車場として自動車を保管するということに限定されている。
3 右1、2の事実によると、本件賃貸借は、立体駐車場としての本件駐車場の賃貸借ということができるが、建物の賃貸借に当たるか否かの観点から見ると、立体駐車場設備一式の賃貸借というべきであり、借家法にいう建物の賃貸借に当たらないものと解するのが相当である。なぜなら、本件賃貸借を、立体駐車場としての賃貸借と見る限り、本件建物部分は、ハイ・ガレージの部分も、管理室、車路の部分も共に、垂直循環式立体駐車(場)設備機械の効用を発揮するためのものであつて、そのままでは、右機械を離れて独自の価値を有するものではなく、したがつて、本件賃貸借の賃借物件の中心は、右機械を始めとする立体駐車場設備一式にあるというべきであり、本件建物部分は右設備の使用に必要な範囲内においてそれに附随して賃借物件とされたに過ぎないものと考えられるからである。
右の判断に関し、若干ふえんする。
(一) 被告は、本件建物部分は建物の賃貸借の対象となり得る独立性を備えた建物の一部であり、本件賃貸借は駐車場の経営をするための営業用建物の賃貸借と解すべきである、と主張している(請求原因に対する答弁2の(二)の(1)、(2))。なるほど、本件建物部分が建物の賃貸借の対象となり得ることは、右2の(一)の事実に照らし明らかなところであるが、通常の建物の賃貸借においては、契約当事者の合意、建物の構造等に照らし、建物自体の使用に主眼があるものであるところ、本件賃貸借においては、既に述べたとおり、その賃借物件の用途を立体駐車場としての使用に限定している原告と被告との合意及び右物件の構成等に照らし、本件建物部分の使用そのものに独自の価値があるとはいえないのであるから、被告の右主張は採り難い。なお、一般に、倉庫や車庫の賃貸借も、建物の賃貸借と解されているが、それは、倉庫や車庫となつている建物自体の使用に主眼が置かれるが故であり、本件の場合と異なることはいうまでもない。
(二) また、被告は、本件建物部分の空間の方が立体駐車場設備一式よりはるかにコストが高い、と主張し(請求原因に対する答弁2の(二)の(2))、それにより、本件賃貸借が本件建物部分の賃貸借であることを支えようとするが、本件建物部分の空間の価値そのものを確定するに足る証拠はなく(右空間を店舗ないし事務所として利用する場合の価値をいうとすれば、それは、右空間自体の価値とはいえない。)また、仮に、右空間の価値が高価なものであるとしても、それは、主として本件ビルの所在する場所すなわちその土地の価格を反映することによるものと推測され、そうであれば、そのような場所に所在する立体駐車場設備もその土地の価格を反映して右設備自体の価値より高価となるとも考えられるので、右空間の方が当然に右設備よりはるかに高価であるとは断定できず、右被告の主張は、そのままこれを採用するわけにはいかない。
(三) 被告は、本件駐車場の電気、水道、ガスの経費を被告が負担していることは、本件賃貸借が建物の賃貸借であることを示すものであると主張するが(請求原因に対する答弁2の(二)の(3))、被告において本件の立体駐車場設備一式を賃借して全面的に管理し、それに附随して本件建物部分を占有している以上、右の経費を被告が負担するのは当然のことであり(前掲乙第三号証の本件賃貸借の契約書第九条には、右の経費は原告の負担とする旨の規定があるが、被告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、締約当初から、原告が被告に対し、右の経費の支払を請求し、被告が原告に対し、何らの異議もなく当然のこととして、これを支払つていることが認められ、これによると、右規定が当事者の合意内容をそのまま表現しているかには疑問がある。)、また、前掲乙第三号証の本件賃貸借の契約書第一〇条の被告は書面により原告の承諾を得なければ、物件の原状を変更しないものとする旨の規定や、同第一二条の賃貸借期間に生じる物件の滅失、毀損による機能の停止についての負担を、その原因により、原告又は被告に分担する旨の規定も、右各規定にいう物件が立体駐車場設備一式を成す機械等を指すとしても、本件賃貸借が右設備一式の賃貸借であるとする前記判断に牴触するものとは考え難い。
三被告は、仮に本件賃貸借に借家法の適用がないとしても、明示又は黙示の合意により更新されている旨主張するので(抗弁2)、この点につき判断する。
1 <証拠>によると、昭和五七年六月頃から、本件賃貸借の同年九月一日以降の更新に関し、原告代表者と被告の代理権を有するその担当者訴外大島翼とが交渉を始めたこと、原告代表者は、本件賃貸借をそろそろ終了させる意思は持ちつつも、あと一年位ならその継続も差し支えないと考え、それを前提にしたうえで、賃料のやや大幅な増額を提示したこと、これに対し、右大島は、本件賃貸借の更新を強く求めたが、賃料の増額については従前より五万円増の一か月三四五万円を提示し、数回の交渉に際しても、それ以上は応ずる気配を示さなかつたこと、そこで、原告代表者は本件賃貸借を期間満了により終了させることを決意するに至り、結局、原告と被告との間の交渉は決裂し、両者間に本件賃貸借を更新する旨の合意が成立しなかつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。
右事実によると、本件賃貸借を昭和五七年九月一日以降更新する旨の明示の合意が成立しなかつたことは明らかである。
2 <証拠>によると、原告は、昭和五七年八月二〇日頃被告に対し、請求書により、本件賃貸借にかかる同年九月分の賃料(三四〇万円)及び同年七月分の電気料、八月分の水道料、ガス料等を請求し、昭和五七年八月末日頃被告が原告に対しその請求どおり振込送金したのを原告がそのまま受領していることが認められるが、この事実も、右1で認定した事実と<証拠>により認められる、本件賃貸借の期間満了後二か月ほどしか経ていない同年一一月八日に、原告が被告に対し本件賃貸借は期間満了により終了したことを理由に、賃借物件を直ちに返還するよう請求している事実に照らせば、本件賃貸借を更新する旨の黙示の合意があつたとする根拠として充分とはいえない。その他黙示の合意による更新があつたとする事実を認むべき証拠はない。
3 そうすると、被告の明示又は黙示の合意による更新の主張は採用することができない。
四被告は、本件建物部分の明渡請求は権利の濫用である、と主張するので(抗弁3)、検討する。
請求原因4の(一)、(二)の事実は当事者間に争いがなく、この事実と<証拠>を合せ考えると、次の事実が認められ、この認定を覆えすに足る証拠はない。
1 本件ビルは、もと被告の所有に属しており、被告は、本件ビルに組み込まれた本件駐車場を、被告所有の付近のビルに組み込まれた別の駐車場と相互補完的に一体として運用する利用方法によつて駐車場経営を行つていた。ところが、昭和五二年になつて、その資金繰りに窮する事情が生じたことなどから、被告は、その債権者の訴外伊藤商事株式会社の要請などもあつて、本件ビルを他に売却することになつた。
2 そして、右訴外会社の仲介で、原告が被告から本件ビルを買い受ける旨の折衝が二、三か月に亘り続けられた。その折衝には、原告側は原告代表者、被告側は被告の常務取締役(被告の代理権を有する。)訴外千葉龍夫が当たつた。その折衝の過程において、被告は、本件駐車場を従前どおり使用したいので、本件ビル売却後はこれを賃借したい旨申し入れをしていたが、その申入れもそれが認められなければ本件ビルの売却をとり止めるといつた売買契約の条件としてされたものではなく、それ故、原告も、本件駐車場を被告に賃貸することもあり得るといつた程度に考えて、それは売買契約成立後の原告と被告との交渉にかかる問題と考えていた。そして、折衝の結果、本件ビルの売却代金は約二二億円と決まり、その資金については右訴外会社が斡旋、保証することにより準備が整い、売買契約締結の運びとなつた。
3 しかるところ、締約直前(前日頃)になつて、突然、被告代表者が折衝に登場し、原告代表者に対し、被告としては、本件駐車場の確保が絶対条件であり、そのため本件駐車場に組み込まれている本件建物部分を区分して区分所有権の対象とした上その部分の区分所有権を被告に残し、本件ビルのその余の部分を原告に売却したいと申し出た。原告代表者は、従前の折衝と異なる申出であり、本件ビル全部を買い取ることで資金の調達などもしていたため、これを拒否し、交渉は一旦暗礁に乗り上げた。
4 しかし、その直後、右訴外会社の尽力により、原告と被告との間に、被告は原告に対し、本件ビル全部を代金約二二億円で売り渡す、原告は被告に対し、本件駐車場を期間一年間として一時的に賃貸し、その後の更新については原告と被告との間で誠意をもつて協議する旨を骨子とする妥協が成立し、昭和五二年八月二六日に本件ビルの売買契約が、同年九月一日に本件賃貸借が成立した。
右事実によると、本件賃貸借は、原告と被告との妥協の産物であつて、とりあえず、暫定的、一時的に締結することとしたものであり、更新が認められないわけではないが、少なくとも締約当初は、あまり長期に亘り継続することは当事者の予測しなかつたところである、と推認することができる。
そうであるとすると、当事者間に争いのない請求原因2の事実のとおり、三回に亘り更新し、締約当初から昭和五七年八月三一日まで五年間賃貸借を継続した後に、期間満了による本件賃貸借の終了を理由として、本件建物部分の明渡しを求めることが権利の濫用であるとは、到底解し難い(なお、被告は、その後も使用を継続し、現在まで更に三年余の期間を経過している。)。
被告は、被告の明渡しによる損害は莫大であり、これに対し原告の損害はわずかである旨主張するが(抗弁3の(三))、仮に被告の損害が大きいものとしても、被告は、右に述べたその使用期間中にそれに対する対策を検討すべきであると考えられるし、また、本件ビルを高額な代金で買い入れながら、相当期間の経過後もなおその一部である本件駐車場を自ら使用することができない状態にあることが損害としてわずかであるとは必ずしも断定することができない。
また、昭和五七年九月一日以降本件賃貸借が更新とならなかつた直接の理由は、賃料の増額の幅につき、原告と被告との間に相当の差異があつたことであることは、右三の1認定の事実から明らかであるが、賃貸借において賃料は重要な要素であり、賃料について、わずかな差異であればとも角、相当の差異があつたため、これを理由に本件賃貸借の更新に応じなかつた原告の態度が権利の濫用といえないことは当然である。
その他、本件建物部分の明渡しを権利の濫用であるとする事情を認むべき証拠はない。
それ故、被告の右権利濫用の主張は失当である。
五原告の賃料相当損害金の請求部分について考えるに、<証拠>に弁論の全趣旨を合せ考えると、原告は、毎月二〇日頃に被告に対し、その翌月分の賃料相当損害金として一か月三四〇万円を請求書をもつて請求し、これに対し、被告は、毎月末日までに原告に対し、賃料であるとの留保を付して一か月三四〇万円ないし三四五〇万円を振込送金の方法により支払い、原告がこれをそのまま受領していること(原告が、被告から毎月振込送金の方法により一か月三四〇万円の支払を受け、これを受領していることは、当事者間に争いがない。)、そして、このような原告と被告との取扱いは遅くとも、昭和五七年一一月二〇日頃から本件口頭弁論終結日に至る(昭和六〇年一一月二二日)まで継続していることが認められ、この事実によれば、原告と被告との間には、本件賃貸借が更新により継続しているのであれば賃料として、本件賃貸借が終了しているのであれば賃料相当損害金として、右金員を授受するとの合意が成立していたものと推認することができるところ、本件賃貸借が終了しているものと認むべきことは、既に述べたとおりであるから、右金員の授受は賃料相当損害金としてされたものというべきであり、本件訴状送達の翌日である昭和五七年一二月一七日から本件口頭弁論終結日である昭和六〇年一一月二二日までの賃料相当損害金の授受が完了していると認むべきことは、右認定の事実から明らかである。
しかして、本件口頭弁論終結日の翌日である昭和六〇年一一月二三日から本件建物部分の明渡済みまでの賃料相当損害金の支払を求める訴えは、将来の給付の訴えに当たるものというべきところ、右認定の事実によれば、今後も従前どおり、右認定事実にかかる取扱いが継続するものと推認されるので、予め右損害金の請求をする必要があるものとはいい難い。したがつて、右訴えは、将来の給付の訴えの要件を欠き、不適法と解される。
六 右一ないし四によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本件建物部分の明渡しを求める請求は理由があるから、これを認容すべきであるが、右五によれば、原告の昭和五七年一二月一七日から昭和六〇年一一月二二日まで一か月三四〇万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める請求は理由がないから、これを棄却すべきであり、また、原告の昭和六〇年一一月二三日から右明渡済みまで一か月三四〇万円の支払を求める訴えは不適法であるから、これを却下すべきである。
よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官鈴木康之)